「待機メンバーでシャドウの迎撃に当たれ!」
美鶴さんの力強い言葉に僕は、ゆかりさん順平さんコロマルと素早く視線を合わせうなずく。
次の瞬間、ニュクスが大きく剣のようなものを振りかぶり、僕らは階段の下にダッシュした。






「負けない!」
自分に言い聞かせるように、また視界ギリギリに見えるニュクスと戦う4人に聞かせるように、ゆかりは正面
から額を召喚器で打った。
疾風の力で、密集していたたシャドウをほどよく分離させてゆく。
「さすがゆかりッチ!」
左方向に向かって順平が剣を構えて突っ込んでゆく。天田君は正面へ、コロマルは右方向へ、それぞれ散って
いった。
(あいつ疾風属性効かない!だけど、弓なら!)
疾風攻撃に動じなかったシャドウに向かって弓を放つ。シュッとシャドウの急所へ突き刺さり、シャドウの前
進が止まったのも束の間。後ろから次から次へとシャドウが押し寄せてくる。
絶対にここで止めなくちゃ。再びイシスを召喚して今度はピンポイントでガルダインを放つ。よし、まず1匹。
順平の剣が、天田の破魔の力が、コロマルの炎の力が、次々と敵を倒してゆく。がなんせ数が数。こちらが敵
を倒しきるのが早いか、こちらの体力精神力が尽きるのが早いか…。
全体を見渡しながら、これじゃキリがない、と思ったその時、頭の中に聞きなれた声がよぎる。
『……りちゃん!ゆかりちゃん!聞こえる!?』
ニュクスと対峙しているはずの風花の声に一瞬戸惑い、その隙を見つけたシャドウがブフダインをこちらに放
ってきた。
「…っ!!」
すんでのところで、転がりながらもそれを避け、風花に応答を返す。
『フォローが遅れてごめんなさい』
「ごめんなさい、じゃなくて!風花!あんたは向こうのサポート!」
体制を完全に立て直し、シャドウに牽制をかけつつ距離をとる。
『なんとか隙を見つけてこっちに通信を…』
「こっちは大丈夫!それより向こうを!どんな小さなことでもいいの!彼に伝えて!彼を助けて!」
『でも…』
「風花!信じて!通信切るよ!」
『わかった!』

「イシス!」
みんなの為、お父さんの為、何より影時間を消すというお父さんの意思を継ぐことを決めた自分自身のために。




「いくぜー!」
ゆかりッチに、天田に、コロマルに、全員に聞こえるように。順平はいつもにも増して大きな声をあげながら、
右側から額を召喚器で打つ。
真っ赤に燃えている、心の中のもう一人の俺が姿を現す。シャドウたちの頭上を颯爽と駆けて、斬撃のダメー
ジをあたえてゆく。
(あんなのと戦ってんのかよ……!)
背中からでも十分にひしひしと感じる絶大なオーラ。それに文字通り正面から立ち向かっているのだ。あの4
人は。
けどよ、不思議と俺も一緒になって戦ってる気がすんだなコレが。順平の心の中に湧き上がる感情は、安心で
も嫉妬でもなかった。
昔の俺だったら、こんな時でもアイツに嫉妬してんのかもな。
そんなことを考えながら、シャドウを切り捨て、口の端に笑みを浮かべると、右耳に馴染んだ声が入ってきた。
「順平さん!」
やっべぇ天田がピンチだ、どうして言われるまでフォローを忘れてたんだ俺と、最低限目の前にいた体力の残
り少ないシャドウをサクっとアギダインで片づけてから傍に駆け付ける。
しかし天田はピンチでもなんでもなかった。
「むやみやたらに飛ばさないでください!!!」
どうやら俺がペルソナを使って派手な斬撃を放つたびにどうやら天田の前にシャドウが大量に降ってきた(ら
しい)ことへの抗議だった。
「悪りぃ悪りぃ、っと!」
「別に、これから飛ばしてこないなら、いいん、ですけど、ねっ!」
わざわざ追ってきたシャドウを切り捨てながら謝ると、天田も身軽さを生かした槍術で敵を貫きながら、器用
に敵の攻撃を避けてゆく。
『壁ときどき攻撃って何!?どーゆーこと!?』
『順平は壁。体力あるし、ラクカジャ持ってるし、皆を守る仕事。ただ防御だけだと勿体無いから攻撃にも隙
を見て加わって欲しいけど』
『ま…俺っちが主力選手エースってことだな。よっしゃー!倒しまくるぜー!』
『自称、でしょ。ほんとに有里くんが説明した役割分かってんの?』
敵の攻撃を喰らわないように戦う天田を見て、アイツとゆかりッチとした会話が浮かぶ。2回目のタルタロス
だっけな。余裕ぶっこいてて敵から不意打ち喰らってアナライズ越しに桐条先輩に怒られて。なんでこんな時
に思い出してんだろ。しっかしホント馬鹿だったな俺ってさ。
「……天田少年!特別課外活動部2代目エースの座は君に譲る!」
小さな傷による集中力の低下から、ほとんどの攻撃を避け続ける戦法をとることが難しくなってきていた天田
は突然の俺の言葉に顔をきょとんとさせたけど、何の術を使ったかわかったと同時にこの言葉の意味もわかっ
てくれたらしい。

「トリスメギストス!」
全員で生き残ってやる。ニュクスには負けねえ。俺もチドリの分まで生きて、生きて、生きるんだ!
その為に俺はシャドウを多く倒すよりも、周りをフォローしつつ倒す。
アイツが俺でもそうしただろうからな、そうだろ?




「ワオーン!」
前足後足をしっかり地につけて力強く吠えると、首輪が光り、コロマルの前にペルソナ・ケルベロスが出現し
た。
ケルベロスは炎を同時に複数の敵に放ち、的確にダメージをあたえてゆく。
このタルタロス最上層には闇を苦手とするシャドウがほとんどいなかった、という記憶を頼りにコロマルは、
犬である特性をいかしてヒットアンドアウェイで戦っていた。
大切な場所を守って倒れたあと救ってくれた、寮で暮らすようになってからいつも良くしてくれた、そして何
より特別課外活動部の仲間だと当たり前に認めてくれた。
始めは恩を返す、というだけだった。一癖も二癖もあるような人間だという感想をもっただけだった。
でもいつからだろう。かつての主のそばにいるような安心感を覚えるようになったのは。
『コロマル…さすがにアンタはここに居て』
『そんなに尻尾ふると、ちぎれちゃうぜー』
『お前に併せて走るだけでも良いトレーニングになるな…』
『後で骨付き肉だ』
『ただいま、コロちゃん』
『そんなに無理はしませんから』
『いけいけコロマル!』
『コロマル、おいで』
『今度コロちゃんにも、なんか作ってやるか』

「ワオーン!!」
大切な人の生きた世界を、大切な人の未来を、守りたい。今度こそは、守ってみせる。




「来るんだ!」
天田は小さな身体を内側に縮ませるように素早く動き、そのまま召喚器を正面から額に当てて打ち抜いた。
雷の力を使い、いまにも術を発動させようとしている敵を妨害し、そのままダッシュで距離を詰めて槍で貫く。
途中、順平さんが僕の傍にいたけれど、時間が経つにつれ順平さんは反対方向へと遠ざかって行った。むしろ
今は僕よりもゆかりさんに近い位置にいる。
思い出やみんなの声やが走馬灯のように頭に浮かんでくる。なんでこんな時に、と思わざるをえない。でも浮
かんでくるものは浮かんでくるんだからしょうがない。しかも思い出そうとして思い出した時よりも、鮮明に。
子供扱いしないでと言う僕に気づかれない様にさりげなくフォローをしてくれていたリーダー。
小学生の僕ですらあきれかえる発言をしたりしてたけど、順平さんは僕を弟みたいに扱ってくれて。
ゆかりさんや風花さんはたまに僕で遊んでるんじゃないかって思う時もあったけど、いつも優しくて。
いつも僕の味方で、的確なアドバイスをくれた美鶴さん。面白いお姉さんから優しいお姉さんになったアイギ
スさん。修学旅行の夜はコロマルがいたから寂しくなかった。
真田さんには厳しいことも言われたけど、それは僕にとってマイナスなことじゃなかった。
そして……荒垣さん。
(僕の力はこのためにあるんだ!)
槍と体術で一体、二体とシャドウを消滅させ、もう一度ペルソナを召喚する。電撃を与え、連続で三体のシャ
ドウが消滅する。
「天田くん!あぶない!!」
ゆかりさんの言葉に後ろを振り向こうとすると、自分に呪殺ムドオンがかかろうとしてるのがわかった。
――まずい、防げない!間に合わない!
次の瞬間、僕は突き飛ばされていた。突き飛ばしたのはシャドウではない。コロマルだ。
もちろん呪殺はコロマルには通用しない。
ざっ!
そしてその後ろから順平さんの剣が一閃した。呪殺を放ったシャドウが消える。
「助かったよ、コロマル」
「ワン!」
ゆかりさんが弓で牽制してくれているおかげで体制を立て直せた僕は、召喚器で額を打ち、全体回復魔法をかける。
精神力は――まだいける!こんなところで、死んでたまるもんか!
「急いで!向こうの加勢を!」
階段の上ではニュクスからの得体の知れない赤黒い光を帯びた攻撃に耐える4人が見える。
「一気に行くぜ!!」
「ワンッワンッ!」

「カーラ・ネミ!」
二人共そこで見てて、心配しないで。僕は独りじゃないから。必ず勝つって、信じててください。



10.01.31