しょうがないわねー。今日中よー、今日中。はい、じゃ今日はこれでおしまい。
SHRの終わりに鳥海先生がそう言ったのを合図に教室は、一部を除いて独特の解放感に包まれた。
朝から課題終わってねーよと周りにこぼしていた(というよりはこぼして回っていた、が正しいが)
順平がペンを走らせるスピードを上げたのを横目にゆかりは教室を出た。
教室を出て、昨日とうってかわった廊下のざわめきにテストが終わったことを実感する。
帰ったら何しようか、と考えて思い浮かんだのは、見た目は怖かったけど本当はすごく優しい先輩
のこと。あの一件以来目の色が変わった先輩や、今ならあの生意気が精一杯の強がりだったってわ
かる初等部の後輩、みんなのこと。そして自分自身のこと。
「岳羽も行かない?」
「あー…今日は帰るね。また誘って。バイバイ。」
友人たちからの部活やテスト打ち上げの誘いを断りながら、笑みと共に手を振って階段の方へと向
かった。ハメを外した何人かの男子生徒が階段をすごい勢いで数段飛ばしをしながら登っていくの
を避けて、バカじゃないのと心の中で悪態をつく。
2週間前から色々な事を考え続けて頭の中はパンク寸前だった。今は、最後の満月に向けて気持ち
を切り替えなきゃいけないのに。
昇降口で、ちょうど目の高さにあるの靴箱から革靴を取り出したところで、彼に声をかけられる。
「ゆかり」
「あ、お疲れー。部活は?」
「今日は無い。…寄ってく所があるんだけど、ゆかりも一緒に来てくれない?」
ゆかりは一瞬止まったが彼からのめずらしい寄り道の誘いに、行くと短くと答えて靴箱を閉めた。


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「ここ?」
「そう」
ハッキリとした黄色に黒の英字で書かれた看板を見上げながら訊くと、彼は頷いて自動ドアをくぐ
った。雑貨や文房具、化粧品まで置いてあって、駅ビルにも入っているような有名なチェーン店だ。
私達と同じように制服姿の学生もちらちらと店内にいる。入口から他の棚には目もくれず2010年と
大きなポップが張ってある棚の前で、彼は止まった。発売になったばかりの手帳の棚だ。
私は一度だけ見たことのある彼の手帳を思い出して納得した。基本的に丁寧に書いてあるなかにた
まに解読不能な走り書きがある独特なものだ。
一つ棚からとっては中身をパラパラさせてまた棚に戻してゆく彼を見ていると、どうして私をここ
に付き合わせたのかなと思ってしまう。買い物いつも1人でしてるのにさ。
むしろ一緒に行きたいと私が言う事の方が多くて、電話でうやむやになっちゃったピアスもやっと
こないだ選んでもらったばっかだし。
一応お付き合いしてる・・・んだよね私達、と頭を悩ませたことも一度や二度じゃないんだけど。
でもやっぱり彼だからいっかってなっちゃうんだよね。彼のこと、好き・・・だからさ。
頬が少し赤くなったのを自覚しつつ、目の前にあったピンクの花柄のものを数ページめくりながら
左を見るとまだ同じように取っては戻しを繰り返す彼の姿があった。
「あのさ、その青いのとかどうかな?」
こだわる事にはとことんこだわる彼の性格からして、そのままにしておくと何分これが続くかわか
らないと感じた私は彼の正面にある今使っているものと似ている、彼が好きそうなデザインのもの
を薦めた。
「ね、また今度にしない?」
暖色のものが置いてある列と、寒色のものが置いてある列を交互に眺める彼に、発売したばかりだ
しさ、と付け加えて言うと、意外な答えが帰ってきた。
「今日じゃないとダメなんだ。…上手く言えないけど」
手に取っていた手帳を戻しながら、彼にしては珍しい歯切れの悪い切り出し方で喋り出した。
「リーダー。最初の頃はさ、正直面倒だなって思ってた所もあったよ。でも今は自分に出来る役割
をちゃんとしようと思う。」
右手人差し指でコンコンと2回頭を指して続ける。
「ココはさ。絶対に忘れないって思ってたとしても記憶だけだとすぐに忘れる。でも、先輩の事や
今のこの気持ちは忘れちゃダメだと思った。・・・なんて」
ごめんと苦笑いしながら私の方を向いた彼に、そんなことないよと首を振った。
「これにする。」
彼は棚に手を伸ばして取ったのはカバーが紫色をした柄のない手帳。
「意外だね。」
「ゆかりの色だから。」

「あ、やっぱり赤にしようかな。ゆかり、耳まで真っ赤。」