スクリーンが真っ暗な画面に変わり、壮大な音楽と共に白い英字が流れてくる。
真はひとつ肩で大きな息をし、腕時計で時間を確認したあと、右となりに座っ
ている春香を見た。春香はあわててウーロン茶を飲んでいた。おそらく映画に
夢中でほとんど飲んでいなかったんだろう。
春香と目が合った。口をストローから外して小さく舌を出している。真はそん
な春香をみて彼女らし、と小さく口角を上げた。
後ろからわざとらしい咳払いが聞こえて、真はスクリーンにまっすぐ向き直る。
やがてエンドロールが終わり、エピローグが流れる。スクリーンは再び真っ黒
になり、場内は明るくなった。
「ぎりぎりセーーフッ。」
「じゃ、行こうか。」
春香が右手にもったコップを小さく揺らして言ったのを合図に、2人は映画館
を後にした。


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「あー、満足した!」
「それが買えたこと?」
それ、とは春香が上機嫌でかかえているショップ袋だ。中身は靴。春香いわく
こんなに履きやすくてデザインが気に入る靴はそうそうないものらしい。
映画館を後にしてからはファッションビルに行き、春香はそれとマニキュアを
買って、真はカットソーを買った。
それから少し休憩しようよ、という春香の提案で近場の喫茶店に入ったのだ。
時間がずれているせいか、他のお客さんは数名しか見当たらない。
「これもそうだけど、映画も楽しかったし、あの砂浜のラストシーン、良かっ
たよねえ。こんなにのんびりできるのも久しぶりだし。全部楽しかった。」
「確かに。…あ、紅茶でいいんだよね。コーヒーと紅茶1つづつ。はい、ミル
クで。」
春香が頷くのを見て、注文を取りに来た店員に伝えると一礼して去ってゆく。
「ありがと。めずらしかったなー、真が洋画がいいって言うとは思わなかった。」
「そうかな?」
「てっきり隣の根性系の青春もの?の方かと思ってたのに。」
「それも好きだけど、今日はなんか、気分じゃなかった。というか何というか。」
歯切れが悪い真に春香は抱えていた袋を横に置き、言う。
「さっき洋服見てた時も思ったんだけどさ、真、元気ないね。具合でも悪い?」
「いや、全然そういうことじゃないから!…ごめん。」
手を顔の前で振りNOのジェスチャーを示す。
お待たせいたしました、と先ほどと同じ店員が真の前に、続いて春香の前にそ
れぞれの飲み物を置く。春香が微笑みながら少し頭を下げると一礼して去って
いった。
「話せば楽になることもあるよ?無理に話してとは言わないけどさ」
「…まとまってないけど、いい?」
紅茶にミルクを入れて、スプーンでそれをかき混ぜながら春香は言ったのに対
して、真は春香の目を見て質問を返した。
「ドーンとまかせなさい!」
左拳でグーを作り軽く胸を叩きながら声を低くしてそう言ったあと、普段の声
に戻って笑い声をこぼした春香に真も笑って、スプーンをコーヒーの中で一回
転させてから喋りだした。
「前はさ、買い物に来るとボク達よくカップルに間違われてたよね。」
「うん。」
「お店を出てから、店員さんに怒ってたりしてたけどさ。」
「もうそこでは買わないー、とか言ってたね。」
「春香だけじゃなくて、前、他の子と出かけた時も言われてたんだ。でもこの
間、千早や雪歩と出かけた時も言われなかった。」
「うん。」
「あんなに男の子っぽいのが嫌だったのに。いざ、言われなくなってみると…」
「……寂しい?」
「そう…だね、寂しい、のかも。戻りたいような気もする。馬鹿みたいだね。」
「………。」
コーヒーを一口飲みながら、ちらりと春香の方を見ると、春香もこちらをじっ
と見つめているようだった。

「わたしは…  私は、真の事、大好きだよ!!!!」

ぶっ
「……!あっぶないなー!!真顔でいきなりそういうこと言うかな普通!」
春香の顔はいたって真剣だ。
真はコーヒーが逆流しそうになるのを精一杯こらえ、飲み込むとコップをテー
ブルに置いて強い口調で言った。
同時に、同性に正面切って好きだと言われたのは初めてかもしれない、と考え
る。顔の温度の変化を自分で感じて、言われる方はちょっと照れるのだと気づ
いた。
「男の子っぽくても真は真だったもん。男の子っぽい所が前よりなくなっても
真は真な事には変わりないんだってば。」
「……。」
「組むのが決まった時の最初ね、びっくりしたんだ。真の髪。」
自分の髪をひとつまみしてくるっと回して、春香は続けた。
「ジャンジャンバリバリ、だっけ。あんまり使わなくなったりとかさ、私服と
かもジャージじゃなくなってて変わったなーって思った。」
「悪かったなっジャージで。」
むぅとほっぺたをふくらませた真にごめんごめんと春香が謝り、続けた。
「でも、ライブで誰よりもテンションが上がったり、ダンスの日は普段よりち
ょっと入りが早かったり、候補生のときからちっとも変わって無かったよ。変
わった所も、変わらない所も、ぜーんぶひっくるめて今の真!『反省はするけ
ど過去ばっかり見ててもダメですぅ』って誰かさんも言ってたし、ね。」
「…それ雪歩のマネ?全っ然似てない。『春香ー。また転んだの?』」
「律子さん?真もそんなに似てないってば。」
「……。」
「……。」
「『プロデューサー、ひとつ、いいでしょうか?』」
「『プロデューサー、ひとつ、いいでしょうか?』」
山のような確認事項を告げられたあと、いつも決まって発せられる一言。
2人の声が重り、沈黙。そして爆笑が起こる。
お客の目線がこちらに集まり、とうとう先ほどの店員さんに直接お静かにお願
いしますと言われてしまうまで笑い声は続いた。
「ひ、ひ、おなかいたい。」
「ふ、なんだっけ、絶対律子が貸してたドラマの影響だよね。」
「もう明日千早ちゃんまともに見れないよー。」
「だめだ、想像しただけで笑っちゃうよ。」
「ふー…。真。」
「ケーキ、食べない?笑ったらお腹すいちゃった。」
「春香は事務所でも差し入れ食べて…ま、いっか。どれがいい?春香と違うの
にするよ。半分ずつにしよ。」
「さっすが真、話が早い!えっとーど・れ・に・し・よ・う・か・な…これに
する。あっでもでもこのフルーツのも…」
「春香、あのさ。」
「決めた!こっちにする!」
「ありがとう。」
「どういたしまして。ほらっ真は、どれにする?」

2010.07.07