「有里、宮本と一本勝負してみろ。」
剣道部に入ってから、二回目の部活動。
練習も終盤に差し掛かったころ、顧問の先生はいつも首から下げている笛を吹いて、竹刀の音と踏み込みの音
とやたら気合いの入った声とが響いた体育館の中を静まらせた。
「手加減するんじゃねえぞ」
「わかった」
宮本はわざと俺とすれ違ってコートに向かった。
「結子!俺に赤な!」
「三年が審判をやるように」
たすきをつけろと催促する宮本に、結子は言われる前からわかってるっつーの、とでも言いたげな表情で、手
早く宮本に赤のたすきをつけて最後に背中をポンと一押しした。
一礼ののち、開始線まで三歩で進み、蹲踞。試合が始まった。


「あ」
勝負はすぐに決まった。
高い身長と溢れ出る気迫でダイナミックに攻めるのが持ち味(だと後から結子から聞いた)な宮本は始めと同
時に相面で勝つ気満々でいたらしい。
今にも跳びかかってきそうな宮本に返し胴をしてみたら入ってしまったのだ。まさか胴が入るとは思わなかっ
た。胴を伏線に攻めようと思っていたのに。
「宮本ぉ!もっと良く見ろって言ってるだろ!」
先生からその注意をされることは今日が初めてじゃないのだろう。だから言ってるじゃん、と小さく結子がこ
ぼし、先輩からは次期主将しっかりしろよー?と冗談めかしたヤジが入った。


面を取り部員全員が一列になり礼をして。部活動が終わった。
中間テストまで2週間ということもあり3年生を筆頭にほとんどの部員が手早く防具を片づける。
俺がいつもどおりのスピードで防具を片付け終わる頃には体育館には俺と宮本がいるだけになった。
「有里。」
更衣室から暑いやら何やらうるさい声がして、抑汗スプレーの色んな香りが混ざった変な匂いが頬を掠めた。
その時頭の中には今までの学校でのことが浮かんでいた。
『どうせ俺たちの事なんか見下してんだろ!』手を抜くなと言われたから手を抜かなかったのに。
『暗いし。感じ悪いよ、お前』 本気でやらなかったら自分のための稽古にならないのに。
『有里はもっと防具を大切にしなさい』 そうだ大人はいつも見て見ぬふりだ。
『なんでお前辞めないんだよ』 父さんの言葉の意味を知りたいから。
「有里!」
気がつくといかにも興味深々というふうな目つきの宮本が近くまで来ていた。目の前で左手をひらひらさせな
がら腹でも痛いのか?とたずねてきたのでそれに大丈夫だと答えると、宮本は喋り出した。
「有里」
ああまたか、と思わず身構えると宮本の口から出てきたのは思いもしなかった言葉だった。
「有里……お前すげえよ。港区はレベル高いとは思ってたけどよ、こんな身近にスゲーのがいるとはな…」
耳を疑った。素直に同年代に褒められたのは初めてだったから。
「…ぃよっしゃあ!やってやるぜ!」
大きな声で両腕でガッツポーズをしながら宮本は叫んだ。色んな声でがやがやしていた更衣室が全員揃ったの
宮本うるせーよ!という声になり、それがおかしくて少し笑った。
「有里はいつから剣道やってるんだ?」
「小学生。父さんが師範だったから」
「やっぱ強い奴は違うんだなー、よ、横っ腹が痛ぇ…ちょっとマジになりすぎたか…?」
「根性が足りない」
「い、言っとくけどなぁ…俺の力はこんなもんじゃあ…」



「こうけんちあい?」
「そうだ。強くなることだけじゃないんだぞ。」
「ふうん」
「まだ早かったか。いいさ、じきにわかるようになる。」

宮本と他愛のない話をしながら、父さんとの会話が頭に浮かんだ。
ここでなら、父さんの言ってた事、わかるようになる気がする。


09.12.10